God Speed ! ~ 風、しましょ!

風の向くまま、カメラを持って旅に出かけましょう!
2018年04月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2018年06月
TOPスポンサー広告 ≫ 大宮・氷川神社TOP歴史を訪ねて ≫ 大宮・氷川神社

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

大宮・氷川神社

大宮氷川大社_002



武蔵国の一宮、「大宮」という地名の由来でもある大宮氷川神社。


ご存じでしょうか? 

「氷川(ひかわ)」とは、出雲の地名です。





(このシリーズの写真はすべて Canon PowerShot G9 で撮影しました。)




みなさま、すっかりご無沙汰しておりますm(_ _)m

世間ではすっかり梅雨モード...とは言っても、どうも空梅雨のようですが。。(^^;


注: 今日の話はとても長いです。以前書いたことのある内容も若干重複しており、まとまりがありません。
なので、古代史に関心のない方は、写真だけ見てスルーしていってくださいね~(^^;





大宮氷川大社_003



ベルニナさんの住むところの地名「大宮」はこの神社に由来します。

氷川神社、氷川大社、大宮氷川大社、などなどいろいろな呼び方をしているようです。

関東地方に「氷川」と付く神社はかなりありまして、この神社はそれらのいわば元締め(?)、総本社なんだそうです。

この神社は武蔵国の一宮でもあります。

「一宮(いちのみや)」とは、その昔、国ごとに定められた第一の格式の神社で、新たに赴任した国司が第一に参拝する義務があったと伝えられます。

さすがに一宮だけあって、その敷地は広大です。

ま、実のところは、他には何にもないところだったのでしょう...(^^;


明治以降、神社域の多くは一般に開放され公園となりました。埼玉県内で最大の桜の名所でもあり、現在、Jリーグで単独首位を驀進中の大宮アルディージャの本拠地である大宮サッカー場もここにあります。

...と、別に名所案内をするつもりではなく。。(^^ゞ


以前から気になっているのが、「氷川」という名称。

「氷川」とは、そもそも出雲の「簸川」(ひかわ)で、現在の斐伊川(ひいかわ)のことだと言われています。この川は古来氾濫を繰り返し、それが八岐大蛇伝説として伝えられている、という説がある川。

要するに、出雲の名だたる川の一つです。


大宮氷川神社は、第5代天皇である孝昭天皇の時代に創建されたと伝えられます。

いったいどんな時代だったのか、想像も付きません(^^;
しかし、第4代でもなく、第6代でもない第5代の孝昭天皇というところに、なにか深い意味があるような気がします。





大宮氷川大社_004



わが国の史書の一つである「先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)」によれば、第12代・景行天皇の時代に、出雲の氏族が武蔵へ移住したと伝えるとか。

さらに、次の代・成務天皇の時代に、やはり出雲一族の者が武蔵国造に任ぜられたそうです。


当時の出雲と武蔵とはどのような関係にあったのでしょう。

そして、ヤマト政権があった近畿地方との関係は?
(当時のヤマト政権とは、どの程度の勢力だったのでしょう。。。)


ちなみに、景行天皇は日本武尊(ヤマトタケル)の父で、息子であるヤマトタケルに大遠征を行わせ、自らも九州遠征などに出かけていることになっている天皇です。

次代の成務天皇は、ヤマトタケルの異母弟にあたります。

も一つちなみに、成務天皇の次の代は成務自身の子ではなく、ヤマトタケルの子が皇位を継いでいます。(以来、ヤマトタケルの皇統が続いていることになっています。)

仲哀天皇がその人で、有名な神功皇后はこの人の后。

そしてその子が九州で生まれた応神天皇です。



応神天皇は母である神功皇后と共に新王朝を立てた人、という説があり、応神天皇以降を指して「河内王朝」という呼び方もあります。

が、この話を始めるととんでもなく長くなりますので、また別の機会に(^^;





大宮氷川大社_005



応神天皇の次の代が、第16代・仁徳天皇です。

大阪府堺市に世界最大の墳墓「大仙陵古墳」がありますが、ここを仁徳天皇陵とするのがしばらく定説となっていました。

が、どうも違うらしいですよ。


で、実は誰が被葬者なのか...という問題もちょっとその辺においといて(^^;



話は再び武蔵国へ移って...


埼玉県の北部、「埼玉(さきたま)古墳群」と呼ばれる一帯に、稲荷山古墳があります。

5世紀の築造と推定されるこの古墳から、今から40年ほど前に鉄剣が出土しました。

「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」と呼ばれ国宝に指定されているのですが、その名の通りそれには金の象嵌で115文字に及ぶ文章が刻まれていました。

文中に登場する「ワカタケル大王」というのが雄略天皇のことではないか!?
...と言われていますが、この話もちょっとその辺においといて...(^^;


この稲荷山古墳は、仁徳天皇陵とされる大仙陵古墳の1/4のスケールで築造されているのだそうです。
つまり、形は全く同じで、縮尺が若干異なる、ミニチュア版。


さて、これは何を意味するのでしょう...??

同様に、近畿の古墳と、南九州の古墳群との同様な関係も、以前から指摘されています。

同じ図面を用いて陵墓が築かれた、と。


出雲、河内、武蔵、そして九州...これらはどのようにつながっているのでしょう。。


ヤマト王朝を樹立したとされる神武天皇は九州を発したことになっています。

その九州と出雲との関係はどんなものだったのでしょう。

九州の北部と南部との関係は?

九州や出雲には独立した王朝が存在していたという説もありますし、出雲と越(越前・越中・越後)との関係もいろいろとあるようですし...






大宮氷川大社_006



だんだんややこしくなってきましたが、これからそのあたりを少し(自分のために)整理していこうと思っています(^^ゞ


というわけで、結論など全く出ない文章でした。スミマセン...(^^ゞ

長々とおつきあいありがとうございましたm(_ _)m


関連記事

Comment

そらさん
編集
こんばんは(^^)/
コメントありがとうございます。
ベルニナさんの誕生日にコメントをくれるなんて、さすがそらさん!
(って、そんなの知らなかったって?...笑)

長々とごめんね~。
書き出したらなかなか収拾が付かなくなり、この続きは自分でもどうしようかと悩み中です。
そんなことはどうでもいいので、写真をさっさとアップした方が良さそうですね。。(^^ゞ

6月の北海道は、ベルニナさんの誕生月でもあり(←しつこい)
本来はさわやかで気持ちの良い一年でも最高の季節なんだけどねぇ~♪
早く、その土地らしい、その季節らしい「正しい気候」が全国的に戻ってきて欲しいよね。
2013年06月21日(Fri) 23:04
No title
編集
こんばんは~

ベルニナさん・・・・長いっす!笑
途中寝そうになっちゃいました。。。

新緑がきれいね。
(写真を見てのコメント・・爆)

嬉しい忙しさなら一安心♪
今週は北海道も梅雨空で気温も16度くらいしかなく
でも湿気は高く・・不愉快な毎日だよ~
早く北海道らしい気候になってもらいたいだす!
2013年06月21日(Fri) 18:43












非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。